『Forza Horizon 5』のゲーム内シーンで手話サポートを提供

キャメロン・アキット(Cameron Akitt)氏は幼少期から難聴であり、第一言語である英語に加え、第二言語としてイギリス手話を修得しています。熱心なゲーマーである同氏は、周囲に雑音が多くて聞き間違えたり聞き逃したりした音の情報を字幕で補っています。また、アキット氏には完全に耳が聞こえない友人もいて、その友人らは字幕を読むことに疲れを感じることもあるそうです。

アキット氏は、ロンドンで耳の不自由な人に向けた教師を務めるとともに、アクセシビリティコンサルタントとしても活動しています。「第一言語が使えないという彼らの体験は、日々の苦労が随所に見受けられます」とアキット氏は語ります。「ゲームをプレイするとき、誰がプレイしていようと全員に同じ話の流れや物語の構成要素が伝わるべきだと思います。そうしないと重要な部分の欠けた全体像しか把握できず、ゲームの届けたい完全な体験を得ることができません(から)。手話を取り入れることで、より多くの耳の不自由な人たちが自分のゲーム体験を当事者のものとして受け止められるようになります」

Xbox Game Studiosの開発を担当する Playground Games と Xbox は、『Forza Horizon 5』に手話サポートを組み込むことを開発の初期段階で決定、その際にコンサルタントとしてアキット氏を招き入れました。3月1日に開始する無料のゲーム内アップデートにより、ゲームシネマティクスで
アメリカ手話(ASL)とイギリス手話(BSL)がサポートされるようになります。今回のアップデートでは、耳の不自由な俳優が、ドライブの合間にストーリーの一部を同時に手話で伝えるようになります。手話は、挑戦への参加や、レースの準備、他のプレイヤーとの出会い、飛行機が頭上を飛ぶ中でのメキシコ横断レースといった場面でご確認いただけます。

こうした内容を俳優が画面上で母国語(この場合は手話)にて説明することにより、耳が聞こえない人たちの体験にこれまでとは異なるダイナミックさが生まれ、新たな境地を開くことになるとアキット氏は話します。

「ゲーム中に耳の不自由な俳優が端でイギリス手話で情報を伝えてくれている様子は、シュールで魅力的です」とアキット氏。「耳が聞こえない人たちにとって選択できる言語がひとつ増えたのですから、これはすばらしいことです」

ソフトウェアエンジニアのマイケル・アンソニー(Michael Anthony)は、まだ幼かった頃に聴力を失いました。アンソニーにとって耳が不自由であるということは、文化的・言語的コミュニティの一員であることだと言います。イギリス手話とは異なる言語族に属しているアメリカ手話は、アンソニーの母国語ではありませんが、流暢に扱うことができるとのことです。

そのためアンソニーは、アメリカ手話に対応した『Forza Horizon 5』のプレビュー版を入手した際、ゲームの操作がとてもやりやすくなって驚いたといいます。手話俳優の雄弁な表現により、ゲーム内の声優の声のトーンや熱意が伝わり、よりゲームに没頭できると感じているようです。

アンソニーは、「こうした改善に取り組んでくれたチームの意欲に本当に感動しました。私は早くから、アメリカ手話の通訳者だけではだめだと提唱していたんです。手話も第一言語として修めた人を取り入れて、さらには文化的な背景を理解した人によって表現をされるべきだからです。この大役を1人でこなすことは決してできないため、チームが必要なのです。字幕やキャプションだけでは、多くのニュアンスが失われてしまいますから」と話します。アンソニーは、マイクロソフトで四半期および期末の財務レポートを正確に作成するサービスに携わっており、社内のゲームと障碍に関する運営委員会にも所属しています。「これだけ伝わる言語があれば、何も見逃すことはありません。いい意味で大きな変化だと思います」

マイクロソフトのチーフアクセシビリティオフィサー、ジェニー・レイ フルーリーは、耳が不自由なことを自身の一部と捉えています。耳が不自由でかわいそうだと言われても、自分はかわいそうだとは思わないといいます(ただし、そう言った人が手話を使えないのは残念だと思うそうです)。彼女は、話し言葉から伝わってくる深さや意味、感情、興奮を、キャプションから得ることは決してできないとしています。

「ゲームの強みでもある複雑性は、同時に私たちクリエイターが解決しなければならない課題にもつながっています。」

『Forza Horizon 5』に手話俳優が登場したことで、レイ フルーリー は自分が何を見逃したのか家族に尋ねる必要がなくなりました。

「障碍のある人や耳の不自由な人はたくさんいて、数多くの扉が日々閉ざされていきます。つまり何が言いたいのかというと、私たちのような人は、一貫して常に存在する不平等さに対応しているということです。私が同じ土俵に立てているということは、閉ざされた扉のことに気を取られていないということです。不平等を解消しようとしているわけではありません。家族と一緒にいることが一番大切ですから」と レイ フルーリー は語ります。「耳の不自由な私にも、クリエーターの伝えたいメッセージがきちんと伝ってきます。パンデミックで今も多くの人が引き続き社会的に孤立している中で、遊びは誰にとっても重要な生活の一部なのです」

Xbox Game Studios でアクセシビリティ担当リードを務めるタラ・ヴォルカー(Tara Voelker)は、外傷的な怪我を乗り越えるにあたってゲームが大きな役割を果たしたといいます。彼女は10歳の時、学校から歩いて帰宅中に車にはねられ、回復までにかなり長い時間がかかりました。「外に出ることも、友達と一緒に何かすることもできませんでした。ビデオゲームが大好きだったので、
当時は回復するまでビデオゲームで子どもらしく過ごすことができ、友達と一緒に遊ぶこともできたのです」とヴォルカー。彼女は今も初代「ゼルダの伝説」や、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」、「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」をプレイしたことを覚えているといいます。「数か月間はそれだけが私の人生でしたが、その影響はまだ残っています。ゲームがとても重要な存在になることを、身を持って知ったのです」

ヴォルカーは数年前、『Forza Horizon 5』の開発初期に耳の不自由な人からフィードバックを得るとしていた Playground Games でインクルーシブワークショップを開催しました。その際に障碍のある人の英国でのコミュニティの人脈を活用し、アキット氏をはじめとする専門家に連絡、ゲーム開発者と同じ部屋に彼らを集めました。

ヴォルカー率いる『Forza Horizon 5』のアクセシビリティワークショップ (写真はタラ・ヴォルカー撮影)

BioShock Infinite をはじめとするゲームの開発に携わったことのあるヴォルカーは、「製品全体の今後の方向性が決まりました」と話します。「これまでの学びがこれからの開発プロセスに組み込まれたのです」

2日間にわたって開発者は、障碍のある人たちがゲームに関する体験を語り、障碍のない人と同じ体験が得られない要因が何なのかについて話している部屋の中を巡り、学びを得ました。

Playground Games で『Forza Horizon 5』のプロデューサーを務めるターニャ・スミス(Tarnya Smith)は、「彼らと話すことで、ゲームの何に苦労しているか把握できました」と語ります。「まさに目から鱗でした。制作側では、字幕がすばらしいもので、あらゆる人の役に立つと思っていたのに、手話に頼っている耳の不自由な人たちには実際あまり役立っていないことがわかったのです。これは大きな警鐘となりました。」

その時点で Playground Games はアクセシビリティをゲームの中核とする決断を下し、The Game Awards 2021 にてアクセシビリティイノベーション賞を受賞したほか、同年の Can I Play That? Accessibility Awards (私にもプレイできるかな? アクセシビリティ賞)でも2部門にて賞を受賞しています

『Forza Horizon 5』のクリエイティブディレクター、マイク・ブラウン(Mike Brown)は、「このような機能を追加することで、当社のゲームをより楽しめるようするチャンスがあることに気づきました」と話します。「これはゲームの重要な部分で、今後失われないよう保護する必要があります」

また開発チームでは、このようなアクセシビリティ機能にはさらに深いニーズがあることもわかっていました。

「ゲーム体験にはさまざまなことが求められます。それに対応すると、そこにはまた違った発見をするプレイヤーや他の困難に直面するプレイヤーがいるのです」とブラウンは語ります。「これからもずっと、さまざまな人の問題を解決し続けることになるでしょう。ゲームの強みとなる複雑さは、私たちクリエイターが解決すべき課題ももたらしているのです」

『Forza Horizon 5』のスクリーンショット (Playground Games の提供)

今回 Playground Games は大きな学びを得ましたが、その過程では多くの軌道修正もしています。

スミスによると、まずは耳の不自由な人たちが運営する会社を雇ってオーディションを行い、シーンに応じた俳優のキャスティングをサポートしてもらったのですが、そこでさらに多くの人手が必要なことに気づいたといいます。例えば、キャストやクルー、
俳優とコミュニケーションするための通訳や、俳優の手話が標準に合っているかといったことや、適切な言葉になっているかを確認するコンサルタントなどです。

Playground Games では、アクセシビリティにフォーカスしていたことから、すべてをゲームに取り込み、実際にうまくいっているか確認するという、まったく新しいプロセスを進めることになりました。そこでアキット氏をはじめとする耳の不自由な人たちと何度も相談し、彼らにゲームをプレイしてもらい、その反応を評価しました。

アキット氏は、今回のアップデートが他のゲームスタジオやゲーム業界全体にとっての先行事例になると見ています。

「これは前例として、今後の基準となる取り組みだったと感じています。新しい領域に漕ぎ出たようなもので、 Playground Games にできるのなら、他の大手スタジオも『Forza Horizon 5』を見て同じようなことができるはずということになります」とアキット氏。「どんなものが出てくるのか楽しみです。さらに最適化された手法が登場するかもしれませんし、他のスタジオが Playground Games の取り組みを真似してくれるかもしれません。そして、この大きな変化が耳の不自由な人たちのコミュニティにどのような機会をもたらすかも気になります」

ブラウンは、あらゆるゲーマーに対する取り組みが今後も続くと語ります。「このようなゲームを開発したことで、簡単に自分がアクセシビリティ分野の専門家だと考えるようになる人もいるでしょう」とブラウン。「真に謙虚な姿勢でいるべきだと思います。この取り組みを継続し、疑問を持ち続け、より良いものにする力を持たなければならないのです」

※この記事は米国時間 2 月 22 日 に公開された “Forza Horizon 5 introduces sign language support throughout in-game scenes”を基にしています。