「Horizon」フェスティバルがついに日本を舞台に選んだ。その一報だけで、多くのクルマ好きやゲームファンの胸が高鳴ったことでしょう。四季折々の風景、峠道、サービス エリア、夜の首都高、そして世界中から憧れを集める日本独自のカー カルチャー。本作は、単に日本風の世界を再現するのではなく、日本人が当たり前に感じている空気感や文化的な文脈までもゲームへ落とし込もうとしています。
先日、晴れて発売となった本作『Forza Horizon 6』の裏側で、Playground Games の開発チームと共に、日本文化の監修と橋渡しを担ってきた人物がいます。ロサンゼルスと東京、二つの文化圏で育ち、25 年以上にわたりゲーム業界で活躍してきた文化アドバイザー、山下恭子氏です。
桜の花びらがどのように舞うのか。なぜ日本人はサービス エリアで一服し、マスコット グッズに惹かれるのか。地域名の響きは海外プレイヤーにとって自然に発音できるものになっているか。そうした細部にまで踏み込みながら、山下氏は「日本らしさ」の背景にある価値観や感覚を丁寧に共有していきました。
今回のインタビューでは、『Forza Horizon 6』がどのようにしてオーセンティックでありながら、「Forza Horizon」らしい遊び心に満ちた日本体験を形作っていったのか、その開発の舞台裏についてじっくり話を伺います。

Q. 本日はお時間をありがとうございます。まずは、簡単な自己紹介をお願いします。
山下恭子と申します。ロサンゼルスで生まれ育ち、中高校生時代を東京で過ごしました。その後ロサンゼルスに戻り、サンフランシスコにもしばらく住み、現在はロサンゼルスを拠点に活動をしています。ゲーム業界においては 25 年以上仕事をしてきましたが、実はその前に憧れていたクルマ業界にもチャレンジをしたことがあります。あるきっかけでゲーム業界へとキャリア転換し、マーケティングやパブリッシング全般を担当、独立してからは日本と海外のクリエイターやビジネスをつなぐ役目をさまざまな形で担ってきました。内容でいうと通訳から今回の『Forza Horizon 6』のように幅広いコンサルティングまで、クライアントとプロジェクトのニーズに応じて多岐にわたります。日本語と英語のバイリンガルであること、そして、日本とアメリカの文化を経験してきたバイカルチュラルであることを強みとして、人と文化の橋渡しに特化しています。
Q. 25 年間もゲーム業界に携わられているとすると、多くの業界人にとって山下氏は大先輩にあたりますね。
そうですね (笑)。年齢がバレることを恥かしく思い、声高にいうことに少し抵抗がありましたが、大きな節目を迎えたことで堂々と年数も言えるようになりました。なんなら、実はゲーム業界で最初に就いた仕事がスクウェアで、初めて携わったタイトルは『FINAL FANTASY VII』でした。
Q. 山下氏はカリフォルニア州にご在住と伺っています。同時に、東京へは頻繁にお戻りになっているとのことですが、これまでの日米にわたる生活の比重をざっくりと教えてください。
社会人になってからは、日本のメーカーさんの北米本社に勤めながら、かれこれ 25 年以上ずっと行き来を続けています。少ない年でも 3 回、多いときは 7-8 回ほど一時帰国していました。
ここ 10 年くらいは両親、兄弟が日本にいることもあって、帰国の際は少しゆっくり滞在するようになりました。長いときは 1 か月ほど、短くても 2 週間、短期間ではなかなかこなせないアクティビティを盛り込むようにしています。やはりルーツもあることですし、日本で生活している自分の姿を見たい、という思いもあります。夏の湿度はどうしても苦手で (笑)、それ以外の季節を身をもって日本の空気を味わうようにしています。

Q. そういえば、山下氏のお名前をポルシェ社のニュース ルームでお見かけしました。ポルシェをはじめとした、クルマとそれを取り巻くカーカルチャーと山下氏のご縁について、ご説明いただけますか。
私がどうしてここまで車に惹かれるようになったのか、自分でも時々不思議に思うんですけれど、おそらく「育った場所」と「時代」の影響がとても大きかったんだと思います。特別車好きな家族だったわけではありませんが、年に一回の「ロサンゼルス オートショウ」には行ってましたね。
ロサンゼルスで生まれ育ったことで、生活のすべてが車中心でした。学校、買い物、旅行、どこへ行くにも車で、自然と車と過ごす時間が長かったんです。父はアメ車が多く、母は日本車に乗っていましたが、我が家のクルマの思い出はたくさんあります。
その後、12 歳で東京へ移り住んだことで、まったく逆の環境に出会いました。車中心の生活ではない中、街を走る車のデザインやサイズ感もアメリカとは全然違い、軽自動車やタクシーを見ても、新鮮な驚きがありました。そうした文化や光景の違いが、当時の私に強い刺激を与えました。

また、その頃の日本はモータースポーツが盛り上がっていた時代でした。F1 やラリー特集が普通にテレビで流れていて、ホンダ、トヨタ、日産、三菱、マツダ、スズキといった日本メーカーが世界で戦っている姿を目にしていました。テレビ CM もセナ、プロストのような人気ドライバーが登場するような時代で、今振り返ると、日本のモータースポーツ文化の黄金期だったんじゃないかと思います。
同世代の日本人の女子にとってはだいぶ珍しかったと思いますが、私はそうした車の世界に自然と惹かれていきました。そして 10 代の終わりに再びロサンゼルスへ戻った頃には、周囲の友人たちがみんな免許をとって車に乗っていて、自分の中でも車への興味がさらに高まっていきました。
ロサンゼルスと東京という異なるクルマ文化の中で育ち、その時代ならではの体験を重ねたことが、今の私の車への情熱につながっているんだと思います。
日本車を数台乗った後、ヨーロッパ車にうつり、30 代に入って「リタイアしたら自分へのご褒美として絶対に乗る」と夢見ていたポルシェに乗りかえることになりました。その車ではサーキットにも挑戦し、北カリフォルニアのソノマ、サンダー ヒル、そしてラグナ セカを走り、ドイツのニュルブルクリンクでもいろいろな車を借りて走ったことがあります。残念ながらまだ日本でサーキットを走ったことはないんですが、夢は世界中のサーキットをまわることです!

Q.『Forza Horizon 6』の文化アドバイザーに抜擢されるまでの経緯を教えてください。
Turn 10 Studios に Playground Games の皆さんと私を結び付けてくださった友人がいました。その方はゲーム業界での私の仕事をなんとなく知ってくださっていて。同時に、私のクルマ愛もよく知っていました。
仕事の場で会うと、あまり車の話をすることはなかったんですが、F1、ポルシェ、どのサーキットへ走りに行ったとかいう話をプライベートで続けていました。その方が 3 年前に「面白い仕事の機会があるかもしれない」と声をかけてくださいまして。
すぐに一度会いますと伝えると、早速 Playground Games へ繋いでくださり、ディレクターの Torben Ellert 氏、アート ディレクターの Don Arceta 氏、プロダクション ディレクターの Mike Bennett 氏とその他メンバーの方々と何度かにわたりお話をし、プロジェクトに参加することになりました。

Q.『Forza Horizon 6』がクルマのゲームであること、そして舞台が日本であることによって山下氏のどのような知見が強く活かせたと感じていますか。
いい質問ですね。簡単に答えられるようで、意外と難しくて(笑)。
開発チームの Playground Games はイギリスにあるスタジオで、私が参加するまで日本人スタッフは一人もいませんでした。だからこそ、「何をどのレベルから話し始めて、どう伝えればいいのか」というところから、最初はかなり模索しました。既にその時は何十人ものスタッフがいて、それぞれが日本と日本の文化をどの程度知っているのか、どのようなリサーチをしてきたのか、それに合わせてどういう話し合いをすれば効果的か、右から左にさまざまなトピックがあがる中、正直少し圧倒されるところもありました。チームに「私は日本ウィキペディアではないので、必ずしもすぐに正確な答えが出るわけではありません」と始めの方に伝えておいたのを覚えてます(笑)。
この二年半、日本文化に関するさまざまな相談や監修をし、四季やお祭りといった大きなテーマから、日本でいうマンション、民家、町屋、一戸建など住処の違い、日本の音楽のジャンル、街中にある案内看板まで細かな部分に幅広く関わってきました。
私が特に意識していたのは、単に日本っぽいものを作ることではなく、日本文化の背景や文脈まで含めて理解してもらうことでした。海外の方が日本に対して抱く「美しい」「先進的」「かわいい」といったイメージに対して、「なぜそう感じるのか」そして「それが日本人にとってどんな意味を持つのか」などできる限りお互いの立場からモノを見れるようにする点が大事でしたし、誤解や行き過ぎた表現があれば、自然な形で軌道修正していく役割を担っていました。
開発チームとのやり取りでは、単に「これは違う」と指摘するのではなく、「なぜそうなのか」をできる限り丁寧に説明し、時間がかかってでも背景や価値観を共有することで、表面だけではない、日本文化への理解を深めてもらうことを常に意識していました。
Q.『Forza Horizon 6』を長らく見守ってきた中で「ここが私にとっては一番日本っぽい!」と感じられるものを教えてください。
私自身はゲームプレイ体験に直接大きく貢献したという感覚はあまりないんですが、日本文化の背景や物事に対する日本人の感覚をチームに伝える役割はできたのかなと思っています。そういった意識やナレッジがスタッフの中でどんどん高まり、その結果日本の独特な雰囲気や空気感が詰まった素晴らしい世界が出来上がったと思います。そんな中、一番は日本のさまざまなロケーションを広大なマップの中で再現している点ですね。
あと、日本の四季の文化がどれだけ日常に根付いているか、ということは早い段階から話し合いをしました。例えば桜は、ただ「ピンクで綺麗」だけではないですよね。さまざまな種類があって、地方によって開花するタイミングがあって、など。花びらがどう散るか、車が通った時にどう舞うか、細かい感覚まで含めてみたり話したりしました。季節が変われば服装も変わるし、食べるものも変わるし、生活のあらゆる部分が自然と変わっていく。そういう感覚を、始めからチームに伝えていました。ただ表面的に日本っぽくするのではなく、そのコンテスクトを知ってもらいたい気持ちがありました。Playground Games の皆さんもそこをすごく大切にしてくれて、既に持っていた知識に新しく学んだ点、そしてアイデアを重ねながら、最終的にゲームの中へ丁寧に落とし込んでくれました。だから、四季の表現については、本当に美しい形で仕上がったのではないかと思っています。
もう一つ、日本の「かわいい文化」について面白い出来事がありました。ゲームの中には食べ物のモチーフのマスコットが出てきますが、その方向性が決まる大きなきっかけになったのが、日本へのリサーチ旅行だったんです。

開発チームと東京から箱根へ移動した時に、海老名のサービス エリアへ立ち寄ったんです。私としては、日本の PA と SA の違いも体験してほしくて、あえて予定に入れていたんですけど、チームは完全に「ちょっと休憩する場所」くらいの感覚でした。でも実際に行ってみたら、海外でいうちょっとしたモールのフード コートのようで、売店の種類はたくさんあり、お土産の種類も多く、みんな釘付けになっていました。
日本人にとっては当たり前かもしれませんが、サービス エリアなのに何十種類もマスコットのグッズが並んでいて、可愛いキャラクターのお菓子や食べ物が目立つ。そういう文化が、海外のメンバーにはすごく衝撃的だったようですね。「ただ可愛い」ではなく、日本人はこういったものを見ながら育ち、生活の中に自然に存在している、ということを実感した瞬間だったと思います。
そこから、「ゲームのマスコットも、お菓子や食べ物をモチーフにした可愛いものにしよう」という流れになった気がします。チーム側でたくさんあがった案の中から、最終的にカレーライス、枝豆、オムライス、お団子など、海外の方も好きなモノが落とし込まれましたね。日本は食文化が豊かな国だということを知ってはいたけれど、実際に旅館での朝食からコンビニのおにぎりまで幅広く日本で体験して、それをチームのみんなと共有し、自分たちでどんどん発見していく過程を見守っていた、という感覚に近いですね。

Q. 日本のドライブ文化は、海外と比べてどのようなところがユニークだと感じますか。それを『Forza Horizon 6』で再現するにあたって意識した点はありますか。
「Horizon」シリーズを長年制作してきた Playground Games ですので、日本を含む世界のクルマ文化の知識はすでにレベルが高く、どちらかというと YouTube の動画やさまざまな素材、記事、ネタなどの情報を中心に確認しあう流れがありました。
日本のカー マガジンのネーミングや誌面のデザイン、カフェ併設のショー ルームのような空間、東京オート サロンからのレポートなど、クルマ文化に関係するモノを紹介し続け、それらのトピックに関して深く下げていくことが多かったですね。海外の方がまだそこまで知らない、あるいは触れていない日本のクルマ文化の情報を補足する役割が大きかったと思います。例えば、デコトラやバニング、昭和のシャコタン、キッチン カー、それこそ日本のタクシーまで幅広くトピックにあがりました。チューナー文化やカスタムについての話はもちろん、チームの車担当スタッフとはいつか訪れてみたいショップについても時々話していましたね。クルマ文化は国によって違う形や姿を持っていますが、その根っこにあるパッションやリスペクト、憧れは世界共通で、そこがクルマの世界の面白いところだと思います。
日本におけるクルマ文化の歴史は長く、海外の方はその独自なスタイルや車そのものへのリスペクト……それは技術、デザイン、性能からモノづくりをする職人の仕事までに惹かれている印象が強いです。個性が目立って、他にはない存在感、それが海外から見た日本のクルマ文化のイメージのような気がします。加えて、日本でドライブをするエリアや名所も、海外の方からすると「日本の美」が凝縮されていて、どこもが走ってみたいところに映るようです。実際にチームと一緒に大黒へ行ったり、クルマ好きが集まる場所に立ち寄ったり、山道をドライブしたりして、少しでもそのフィーリングを体感してもらえたのはとてもよかったと思っています。
実際にゲームへ落とし込む部分に関しては、開発チームの皆さんが何をどのように設計すれば楽しいプレイ体験が成立するか一番よく理解しているのでそこはお任せしました。

Q.『Forza Horizon 6』の開発に関わる中で、日本文化を伝えるうえで一番楽しかった瞬間はどんなときでしたか。
一番楽しかった瞬間は、実はすごく大きな出来事というより、長い議論の末に、一つの答えへたどり着けた瞬間になると思います。
『Forza Horizon 6』では、新しいトピックが立ち上がるたびに、すぐ決まるものもあれば、本当に何度も議論を重ねるテーマもありました。延々とディスカッションが続いて、「これで本当にいいのか」を何度も確認しながら進めることがありました。
だからこそ、最終的に開発チーム側で何かが決定した瞬間は、すごく達成感がありました。ここまで突き詰めてよかった、と感じられる瞬間でした。
特に印象的だったのは、ゲーム内の地域名を決めるプロセスでしょうか。最初は、日本の 47 都道府県の名前の由来や地域性について説明するところから始まりました。そこから、ゲームのマップ構成や各地域の特徴を踏まえて、「このエリアにはどんな名前が合うか」を一緒に考えていきました。
私の方からは日本語で候補をいくつも提案していましたが、そこで重要だったのは単に「カッコいい名前か」とか「実際にありそうな名前か」や漢字に含まれる意味だけではありません。海外のプレイヤーにとって発音しやすいか、響きが自然か、実際に会話の中で口にした時に言いやすい、といった点まで細かく検討しました。
そうやって、一つひとつ時間をかけながら名前や世界観が形になっていく。その積み重ねを経て、最終的に「これに決まりました」と形になった瞬間が、私にとっては一番楽しくて、同時に満足感の大きい時間だったと思います。

Q. 個人的に「これは外せないよね」と考えて提案した要素はありますか。
実は、「これだけは絶対に入れたい」と強く主張したものは、そこまで多くなかったと思います。というのも、開発チーム自体がかなり徹底して日本をリサーチしていて、特に四季というテーマは最初から非常に重視されていましたし、チームの中でも「日本を描くなら外せないよね」という共通認識がありました。大きなアイデアやコンセプトについては、チームがしっかりとしたビジョンを持っていたり、ある程度形になっていることが多かったので、私からの提案は意外と細かいものが中心でした。
たとえば、街中にありそうなお店やビジネスの種類をレビューしたり、看板を確認したり。その中で「カラオケがないね」と気づいて提案したりなど、そういった言われてみれば当たり前なのに、外から見ていると意外と見落としがちな日本の日常的な要素をあげることもありました。
日本を初めて訪れる海外の方が自然と目にする景色や文化についても、チーム側ですでにかなり整理されていました。ですので、私が強く提案するというよりは、「どういうバランスで見せるべきか」を一緒に考えていくことのほうが多かったですね。

特に意識していたのは、四季ごとに異なる風景や文化をどれだけ幅広く体験できるか、という部分でした。例えば日本には年間を通して本当にたくさんのお祭りや行事がありますが、その中からゲームに入れるものを選ぶ際には、「季節ごとのバランス」や「海外のプレイヤーにも伝わりやすいか」など見た瞬間に日本らしさを感じられるかだけではなく、なぜそれが存在するのかやそれがどんな意味を持っているのか、プレイヤーにどういうインプレッションを残すかなど議論しました。
春なら子どもの日の鯉のぼり、夏なら七夕、冬なら雪まつり、といったように、それぞれの季節を象徴するものを配置しながら、特定の季節だけに行事物が偏らないようにしました。
そうやって話し合いを重ねながら最終的にゲームで実装された行事や文化表現については入れることができてよかったと思えるものが多かったですね。

Q. 逆に、開発チームから出てきたアイデアで、「それ日本っぽくていいね!」と思ったものはありますか。
コレクション ジャーナルのスタンプ集めがまさにそれですね。チームと一緒に日本へ行ったとき、早速「駅スタンプを集めたい!」というメンバーがいて、旅の記録を丁寧につけていたんです。駅だけでなく、観光名所や神社やお寺を訪れる中で御朱印帳の存在にも気づき、そういった体験が、ゲーム内のコレクション ジャーナルへと自然につながっていったと思います。
ただ、開発中ずっとチーム内で「エキ スタンプ、エキ スタンプ」と呼ばれていたので、途中で思わず「エキは『駅』のことだから、間違ってそのままゲーム内で使わないようにしてね」とコメントしたくらいです (笑)。でもそのくらい、チームにとってあの日本での体験が鮮明に刻まれていたということだと思いますし、そういう現場でのリアルな気づきが、ゲームにあらわれていると思います。
Q. もし国内のプレイヤー「これを見て欲しい!」と言えたなら、どういった点に注目をしてもらいたいですか。
実はこのプロジェクトに参加すると決まったとき、またとないチャンスへの喜びと同時に、大きなプレッシャーと緊張が入り混じった複雑な気持ちでした。クルマ好きなら誰もが一度は感じたことがあるはずです——日本へ行ってみたい、日本のクルマ文化に触れてみたい、あの道を走ってみたいという憧れを。だからこそ、その期待に応えられるよう、チームから上がってくる様々なアイデアやテーマに対して、できる限りの情報共有、背景説明、そして率直なアドバイスをしてきました。
そのうえで注目してほしいのは、何気ない瞬間の中にある空気感です。「あ、これ知ってる」「こういう感じ、あるよね」と思わず口にしてしまうようなディテール。そういったところにチームの日本に対する思いが詰まっていると思います。

最近特にうれしく感じているのは、国内のプレイヤーの皆さんの反応ですね。さまざまな方のゲームプレイの感想を見て読んでいますが、「若い頃に夜中に車を走らせていた時の空気感を思い出した」とか、「こんなに日本の雰囲気を海外スタジオが再現できているのがすごい」といった声を、本当にたくさん見かけるんです。
それを見て、国内の方にもちゃんと開発チームが磨き上げてきた「空気感」が伝わっているんだな、とすごく安心しました。私自身もずっとハラハラしながら見守っていたので、そういう反応をいただけることは、チームにとっても、私にとっても大きな達成感につながっています。
一つひとつの細かい判断の積み重ねが、今回の「Forza Horizon」の世界を形作っています。海外の開発チームでありながら、最初から掲げていた目標である「日本のプレイヤーが遊んで、日本らしいと感じてくれる」レベルに届いていると感じていただけていたら、これ以上嬉しいことはありませんね。
もう一つ見てもらいたいのは、「Forza Horizon」だからこそできる、現実では絶対にできない体験です。例えば白川郷のような世界遺産を舞台に、現実ではありえないようなレースやシチュエーションを楽しめる。それはリアルを再現するだけではなく、現実とファンタジーのラインを攻めながら、ここでしか味わえない体験を作ろうと格闘した結果生まれてきたものですので、ぜひ楽しんでもらいたいですね。
『Forza Horizon 6』の全てにおいて、Playground Games は、そのバランスを本当に丁寧に突き詰めながら、すべてのプレイヤーに思い切り楽しんでもらえる日本を作りあげたんじゃないかなと思います。
